祖先崇拝。
死体の保管所を拝む穢れた行為。
死者を崇拝して仕えようとする邪悪な儀式であり。
先祖という都合の良い存在を持ち出して忠誠を誓うという宗教行為。
多くの場合対象が死体であり。
墓石という名の意味不明な対象に対して拝んでおり。
祖先を崇拝することによって。
守ってもらおうとする。
彼らにとって先祖が自分の主人であり。
黄泉国から勝手に呼び出された幽霊にとっては奴隷に過ぎず。
幽霊のこの世への無断滞在を不法に認め。
多数決によって維持されている謎の宗教形態である。
実質は黄泉国の死者と交わり。
黄泉国まで死者を追いかけて仕えようとしている。
極めて精神病的な宗教行為であり。
いまだ行われている謎の悪風である。
祖霊信仰。
少なくとも。
神道では神話の再現になり。
「こうなりますよ」と解説されています。
キリスト教とイスラム教ですと。
「偶像崇拝」または「偶像礼拝」と呼ばれる禁忌。
無論。
貴方が何教かで話が違います。
これをしている人と全然交際しないとか。
人がやっていることを注意するとかは。
しなくて良く。
この世の掟に背く行為なら。
それ相応の罰が加えられるので。
「これはまずい」と思ったら辞めれば良く。
「それでも」という人は続行すべし。
幽霊も。
現世に不法に留まり。
それを正当化しているのかもしれないが。
神道では神話の再現になってしまうので。
多数決に惑わされず。
自分で考え。
自分で判断すべし。
クリスチャンで祖霊信仰をしている人は。
モーセの十戒を破っています。
即ち未熟ということで。
律法を守っていないのです。
律法を守る気が無いのです。
祖霊信仰は禁忌。
多数決に洗脳されたとは言え。
禁忌をしたので。
極めて微妙な裁判が行われる。
西洋人は遺体を「抜け殻」と正しく見る。
日本人は死人に対しての執着が異常で。
そんな様子を見た欧州の人は。
「それは抜け殻だから!彼は天に召されたから!」
こんな指摘は絶えない。
死者はすべて神の元に行く。
しかし日本人は死者に執着して。
いつまでも寄り添っている。
体が抜け殻で。
魂は昇天しているのだから。
欧米から見るとあんな光景は意味不明。
正統な解説本から引用。
日本書紀では天つ神・アジスキタカヒコ様に弔屋が切り倒されています。
穢れのある死者と一緒にされてひどくお怒りでした。
そこまで死者は穢らわしいのですね。
私達はもうあんな穢れた行為は辞めて。
愚行を謝罪しましょう。
天つ神・アジスキタカヒコ様は「死者」を「穢らわしい」と仰せになっています。
死人は穢れたもの。
という考えが適切です。
墓参りとか穢れのある死者と交わるのですから。
かなり穢れてしまう行為ですよ。
祖先崇拝をする人は神々に背く人ですので。
伊邪那岐神を裏切らないように。
お気を付けください。
無論。
他の宗教の人には言っていません。
(日本書紀より引用)
墓に。
後ろ手で。
「これは神の呪い・神の呪いの水」と呪いの言葉を発して。
呪いの水をかけて。
報復しておいた。
事前に誓約をしていますし。
導きどおりです。
これはもっとも有効な報復ですが。
許可は必要です。
神棚で誓約を申し出て。
行う方法もありますよ。
巫術を持たない人は神棚で申し出るしかありません。
有名なおはなしで。
神様が人を祟ることがありますが。
本気で祟られますと。
災厄が頻発致しますし。
子孫にも影響を及ぼします。
家全体が祟られるのですが。
そんな人はまずいないと思います。
汚れた心の持ち主や。
悪しき心の持ち主が。
神様の祟りに遭いますが。
基本的に神様が人を祟ることはございません。
余程の事なんですよ。
祖霊信仰による公害。
もっとも多いのは。
「家族が悪態を付く」(解釈の違いを徹底的に利用する)
とかく不自然な発言や。
挙動がおかしい態度を取る。
次に多いのは。
状況が一方的に不利に流れる。(謎の力を感じ取る場合がある)
少ないのは。
物が無くなる。
突然消滅する。
事故に遭う。
不自然な怪我をする。
「先祖」は子孫を自分の所有物だと見なしており。
自分の意向に沿わなければ祟るのである。
では。
先祖に力はあるのか?それはいいえであり。
先祖の力ではなく。
禁忌の罪の力が大部分を占めている。
もしそれでも祖霊信仰を続行したければ。
手を合わせる行為だけはやめたほうがいい。
違う宗教(将来なる)子供に祖先崇拝なんて押しつけるのは強要罪に該当します。
子供は訴訟をすればたぶん勝てるかもしれないです。
刑法第61条。
1、人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する。
2、教唆犯を教唆した者についても、前項と同様とする。
偶像崇拝は宗教的犯罪なので。
教唆を受けて刑法に該当するものと結論に至る。
宗教戦争?
国語辞典に定義が掲載されておりました。
神仏にかたどって作った像。
神仏モドキの像という意味だそうです。
アナログは信憑性が高く。
デジタルの辞書は何故か信憑性が皆無。
墓なんて拝むよりは。
仏像を拝んだりするほうが。
ずっとか宗教的にいいと思いますし。
信仰の結果は当事者しか分からないもので。
他人からすれば。
霊験やご利益は。
目に見えて分からないのです。
以上の事から。
偶像崇拝は定義されておりますよ。
-偶像礼拝の定義とは?-
何を偶像とするかは宗教によって異なり。
カトリックでは祭壇を用いたり。
マザーテレサの母親は。
大きな十字架の祭壇に祈りを捧げていた。
マリア像は偶像崇拝なのでは?という議論は絶えず。
それなら絵ならいいのか?という話もあった。
祖先崇拝は墓を拝んでいる。
要するに死体を拝んでいる。
宗教家からすれば。
そんなおぞましい光景はこの世に無い。
気色悪いし。
これを善悪の区別が付かない子供のうちに。
教唆するのです。
それで禁忌として処罰されてしまう事も。
祖先崇拝については連帯責任であり。
宗教的には考えられない行為と言えます。
これは警告である。