罪とはなんですか?


祓へ(はらへ)

神に祈って罪・けがれを清め、災いを除くこと。また、その行事。(古語)


罪。

神のおきて・道徳・習慣にそむいた行為。

悪行・過失・けがれ・わざわいなど。

すべて憎むべきこと。

また、その結果としての責め。

(古語)


-天つ罪-

天上界で犯した罪。

天つ神に犯した罪。

-備考-

神様に対しての罪となります。

冒涜や無視などが代表例みたいです。


-国つ罪-

人間が地上で犯したという罪。

病気・災害・不道徳な行為など。

-備考-

人に災害を与えたり。

病気に追いやったり。

不道徳な行為全般が国つ罪とされます。



罪については学んでいくものです。

神様が教えてくれるかもしれませんね。

この世にある罪の概念は知っておいたほうが。

幸福が得られますよ。


神様はあなたの裁判官ですよ。

それを自分なりに。

自分の方法で神様にお伝えしましょう。

「罪」は終わりを告げます。

神様は寛容に。

正しく裁いてくださります。

心配は要りません。

違反は神様が諭してくださいます。

こうして貴方は罪からの解放を得ます。


人が人を裁くことはできない。

権威は神が立てたものであり。

神が限定的に裁けるように用意したもの。

人が人を裁くことはできない。

権威は神に背けず。

人が人を裁くことはできない。

神の裁きを受けたくなければ。

人を裁くことなかれ。


「穢れ」については神様にお任せして。

自分はその都度。

適切であればいいです。

罪は贖えます。

贖罪できます。

穢れはとんでもないものなので。

そこは注意してください。


ゼノン(ストア派)

「宇宙の理法」を「自然法」と言います。

人はこの宇宙の理法を理性によって知ることができ。

宇宙のルールを誰にでも自分の中に宿しています。

聖アウグスティヌスも同様に説明しており。

「自然法」の中身を理性によって解読するという。

哲学になるみたいです。

ローマ帝国では自然法が正式採用され。

実定法に適用され。

いろいろ改造を得て現在に至ります。

元は法律は人間が決めたものではなく。

「自然法」が基盤であり。

それにいろいろ付け加えたり。

時代の要求に合わせていますが。

物を言うのは「自然法」であって。

たとえば。

自分が歩いていて石に引っかけました。

でも石にあらかじめ避けろとは言えませんよね?

自然の摂理に抵抗してもマイナスだらけ。

「理法」

だれもが従うべき正しい道理。法則。



自然法は法的には時と所とを超越して存在しておりますので。

実定法とは異なりますよ。

時と所とを超越して裁くことができるという意味です。


自然法。

@(哲)自然を支配する法則。

A(法)時と所とを超越して存在する永久不変の法。(対)実定法。



天照大御神様は荒れて乱行をしてしまった。

素盞鳴命様に対して。

最初は「酒に酔ってやったのでしょう。」と仰せになられています。

罪については天照大御神様と同じく。

人もかなり大目に見られます。

ちなみに酷過ぎると追放されてしまいますが。

罪穢れを祓う品物を背負わされ。

罪を贖い。

天照大御神様と素盞鳴命様は和解されております。

素盞鳴命様は櫛名田比売様をお助けになられて。

お嫁さんにされて。

宮殿に住まわれ。

安住の地となりましたので。

結果は良いものですね。

罪については。

かなり大目に見てくださります。

罪とは法律の事だけでは無いと。

伝えておきます。

垂仁天皇はサホビコの反乱で仕向けられて剣を忍ばせた皇后に対して。

「それはあなたの罪ではない」と仰せになられていますので。

他律や不可抗力でそうなったら罪にはならないこともあります。

罪については。

奥が深く。

御神徳によって悟ることができますので。

ご安心ください。


人を裁けるのは権威と天誅に従った場合のみ。

天誅とは天罰を代行すること。

天誅に従って相手に罰を加えることはできます。

天誅の意向を無視すれば自滅します。


罪人を故意に攻撃すると。

加害者は罪に問われる。

自然にもたらされた裁きに委ねるべきで。

人が裁くべきでは無い。


他人の罪。

罪同士は連携するので。

抜け道は存在しない。

被害者と加害者。

同時に実害が発生して。

被害が及んだ構図を発見したのです。


人が罪を犯すせいで自分は被害に遭う。

というのも罪と穢れの常識です。

すべて自分の罪である。

なんて自分を裁くべきではなく。

人の罪の被害に遭う事は普通にあります。

攻撃者が罪の力に苦しめられている様子を見たことがあります。

彼の罪だという事は明らかでした。


罪を犯さない方法はあります。

穢れた事を卑しむ事です。

汚れ事を忌まわしいと思えるようになれたら。

一人前の一歩手前です。

罪の判別が付き。

罪についてよく知るようになれば。

永遠のものです。

自身の罪に苦しめられることは無くなります。

この体得こそが罪と穢れの最終目標です。


来世まで影響が及ばぬようにご注意ください。


神道では。

「罪」は「穢れ」です。

でも「罪」でもあります。

合わさって「罪穢れ」です。

直感で悟ってください。



この世には神々が制定した法律「律法」があります。

「掟」とも呼び。

万能に出来ているものです。

人の力で敵わないように出来ています。

「自然法」とも呼ばれます。

これらは目に見えません。

自然法は特に。

違反すれば罰があるものです。

同時に罪を犯すことは。

罪に穢れる事も意味します。

しかし八十万の神は寛容で。

「私のすべての罪をお許しください」と気持ちを込めて謝罪しますと。

許しの免罪符が付きます。

しかし穢れた行為。

汚れある行為については。

祓い清めてもらわなければ。

自分が汚染され。

毒に侵され。

様々な形となって物理的に出現するもの。

罪の力は感知できず。

地味に強力で。

確実に自由を束縛し。

最悪な方向へ持っていくものです。

罪の目的は死だからです。

罪は受けると減ります。

許されると展開が異なります。

穢れはおぞましいもので。

罪穢れは基本的におぞましく。

諸所の災厄になるので。

祓い清めてもらったほうがよく。

人によっては程度の差が激しく。

多くの場合は終了するまで教えてはくれません。

善後処置があることもお忘れなく。

八百万の神に感謝。

祓戸大神様の霊感。



罪と穢れは理論で説明できない。

体験によってでしか知り得ない。

つまり理論で説明できない。

論理の対応可能な範囲を逸脱した。

形而上的ものごと全般については沈黙するしかない。

これ以上は理論の対応可能な範囲を逸脱している。

よって沈黙。