フロネシス(phronesisプロネーシス)とは、古代ギリシア哲学、特にアリストテレスによる哲学的な概念であり「実践的な知」を示す。


「フロネシス」

アリストテレスによれば「中庸を守る特性」であり。

智恵や叡智を意味する「ソフィア」とは区別され。

バランスを大事にした実践的な智とされる。

信念や審美眼(aesthetics)に支えられた高質な経験により人は進化し。

視野の拡大・視点の転換・発想の飛躍がおきる。

ビジョン・対話・実践・場・知識資産・環境をトータルに関連づけて。

知の綜合力を発揮させるダイナミック・プロセスが重要である。

その根幹にあるのは。

知識の知恵化を支援するフロネシスである。


エピステーメ「episteme」

一般性を志向し特定の時間・空間・他者との関係性。

つまり文脈・コンテクストに左右されない、客観的知識。(形式知)

テクネ「techne」

テクニックやアートに対応する実践的かつ文脈によって異なる。

ものをつくりだす実践的知識(暗黙知)

フロネシス「phronesis」

論理の思慮分別をもって、その都度の文脈で最適な判断・行為ができる実践的知恵(高質の暗黙知)


一般に公開されている情報は以下の通り。

アリストテレスは『ニコマコス倫理学』のなかで、知識を「ソフィア(智)」と「フロネシス」の2種類とし、ソフィアとフロネシスを明確に区別している。

アリストテレスは「中庸 (ギリシア哲学)」(メソテース)を守ることが大事であると説く。

中庸とは、現在日本で一般的に使われる儒教における中庸とは違い。

勇敢(恐怖と平然)、節制(快楽と苦痛)、寛厚と豪華(財貨について)、矜持(名誉について)、温和(怒りについて)、親愛と真実(正直)と機知(交際について)を指している。

そして中庸を守る徳性をフロネシスであるとする。


理性の分類。

エピステーモニコン(知識的部分)知識によって分別を図る。

ロギスティコン(理知的部分)より理知的になることによって制御する。


人の行動と真理を支配するものが3つある。

アイステーシス(知覚)知ること、器官など。

ヌース(知性)精神が持つ思想・判断の能力。

オレクシス(欲求)追求と忌避がある、つまり求めることも嫌って避けることもできる。


二つの思考。

観想に関わる思考(テオーレーティケー・ディアノイア)自分の事について。

行為(プラークシス)何をするかなど実践的な思考。


魂が肯定・否定することにより真理に到達する際の状態を5つ想定。

技術(テクネー)真なる理論(ロゴス・アレーテース)と同様に制作にかかわる魂の状態。

学問的知識(エピステーメー)必要不可欠な正統な知識の事を指す。

思慮・実践知(プロネーシス)善悪や道理を見極め、知恵によって思慮をコントロールする。

知恵(ソピアー)技術の卓越性(アレテー)知恵は悟りから、才能とは目標を達成するような能力のこと。

知性(ヌース)原理を直接把握する能力で、直観・直感に由来する。


思考の徳(ディアノエティケー・アレテー)

知恵(ソピアー)理解力(シュネシス)思慮(プロネーシス)


知恵(ソピアー)は単純に明知や叡智などの優れた知恵のこと。

理解力(シュネシス)は判断能力に過ぎないのでミスや過ちを含んでいる。

思慮(プロネーシス)は道理や善悪を見極め、知恵や感情などの超過・不足を中庸によってコントロールする仕組みのメインシステム。

それぞれ独特の徳があり。

性格の徳としては。

性格の徳(エティケー・アレテー)

気前の良さ(エレウテリオテース)節制(ソープロシュネー)

気前の良さとは快活や人気者のような性格。

節制とは心構えが良好な人物の事を指す。


善き行為(エウプラークシアー)そのものが目的。

技術には徳がある。

技術の行使にはそのための徳が必要。

思慮(実践知)にはそれの徳がない。

独特な徳があるという意味です。


才能(デイノテース)について。

設定された目標に寄与する事柄を行い。

その目標を達成するような能力のことである。

そこでもし目標が美しければ才能は賞讃されるが。

しかし目標が低劣であるなら。

単なる狡猾(パヌールギアー)に過ぎない。

目的遂行能力の事を指している為。

後からいくらでも強化できる。

つくられるもの・制作・ポイエーシス。

真なる理論(ロゴス)をそなえた。

制作にかかわる魂の状態。

物を作る人は(ポイエーシス)魂の状態になる。


存在することも存在しないことも可能な事物。

そしてその原理がつくる人の側にあって。

つくられる作品の側にはないような事物。

そうした事物がどのようにすれば生じるのかを理論的に考察する(テオーレイン)ことを基礎とする。

要するに存在として実現するか実現させないかを作者が決めることができ。

どのようにそうした存在するかしないかの中間の状態になるかを理論として考察する。

作者がそのようなものを持っていれば自ずとそうした状態に陥った「作品」が作者の中にあるため。

それを実現するか実現しないかは作者が決定できる。

これらを基礎に技術の行使がある。

技術の行使にはそのための徳が必要。

技術は善き行為をするため。

技術そのものが徳である。

(テオーレイン)とは創造性に対してどう向き合うか?

創造性について考察するという意味。

ポイエーシス。

創作の魂。

自然を対象に創作・汎神論的説明・神様中心に物を作り描く。

元祖創作論がアリストテレス。

人間中心に描く方法と。

神様中心に描く方法があるよと。

伝えたかったようです。

要するに「創造性・創作は直観で扱い切れるもの」という意味。


徳とは善い事。

人格に関するもの。

恵みや恩恵。

利益などを言う。

つまり美徳でもある。

アリストテレスは徳を「正しい道理」と筆記している。

思慮・実践知(プロネーシス)とは知恵によって思慮をコントロール(中庸)にし。

正しい道理と究極の善悪によって最高の判断能力・行為などを統括する仕組みなのです。

倫理と知恵の実践的な形態と言えます。

フロネシスには独特の徳がある。

人間にとっての善悪にかかわる行為。

道理をそなえた魂の「真なる状態。」

後天的に獲得される行為遂行能力のこと。

思慮は行為に関わるので。

普遍的知識と個別的知識の両方を備えていなければならない。


高度な知性。

知恵に対するコントロール能力。

確立された知能の模範。

全体的な感応者の傾向・指針。

むかしからある秘伝にして人の行方を明確にし。

詮索や探求による道筋の獲得ではなく。

既にある解明された概念によって自己の自立・自身の確立を達成する。

その中のひとつであり。

私の原理です。

簡単に言えば。

知恵・知識(思慮)のコントロール能力であり。

実践に向いた技術の総称です。

言わばフロネシスは知恵を思慮に使用して。

コントロール(中庸)を行う能力でもある。


人の持ち得る奥義のひとつであり。

理解力によっては基本原理に適用され。

その人は完全に成立するようになる。

私は得意なのですが。

あなたも究極なモノに出会えるといいですね。

以上。

知性を確立する方法論の詳細です。



(例)

臆病←勇敢→無謀。

卑屈←矜持→おごり。

倫理的な「徳」

知識や教養が必要不可欠なのです。

でもそれ以上に「中庸」が必要。

これの取得術と解釈できる。

「優れた人間性」

超過・不足のバランスと。

優れた人間性「徳」が実践知。

これは幸福になるために必要な条件と解説されている。

発掘したものを調整して。

簡略化しているものの。

詳しい人がいればもっと解説して欲しいものです。