「レポート」


古事記と日本書紀の伝えようとしていることは。

「神々から教えを受けなさい」これです。

きちんとした教えを受けなければ。

「人」という存在を「確立」できません。


日本書紀、古事記を読むだけで心が洗われる。

特に日本書紀は。

日本という国。

日本の有り方をありのままに伝えている。

わたしたちはいろんな思想を教えられました。

しかしそれは道理にかなったものでしょうか?

日本書紀に示される歴史。

考え方こそが正統であり。

わたしたちは日本のあるべき姿を間違え。

狂ったほうに国造りを進めてしまったと言えます。

間違い、過ちもそう長く見逃されることはなく。

日本の在り様を、いま、問われています。

日本本来の在り様は日本書紀を読めば分かるのです。

わたしたちは愚かな社会を造ってしまいました。

罰は免れないでしょう。

日本は神代から。

八十万の神が治めてきた歴史があり。

民主主義はそれを完全に無視。

しかし。

民主主義が「実は間違っていた」という時期に差し掛かれば。

王政復古となり。

日本は神代へ帰属する。

というのが私の結論であります。

実は私達はあらゆる思想に思考を支配されており。

たとえば。

日本書紀と古事記では。

殺人が合法です。

きちんとした理由があれば。

殺人をしています。

これは身分が高い人の特権なのでしょう。

民は手厚く守られ。

危害を加えられる事はかなり少なく。

偶然の不運として語られています。

この社会では法律で禁止されているのですが。

本来なら相応の理由で。

許される殺人が現に記されています。

江戸時代頃の武士の世と同じです。

サムライは道理にかなった理由があれば人を斬ります。

殺人をしても禁忌とはならず。

罪にはならない場合があると伝えており。

法律は禁じるでしょうが。

正しい殺人もあるのだと。

日本書紀は伝えています。

これは民主主義の思想や。

各種の思想を解く良いたとえです。

さらに日本書紀では。

天つ神・アメワカヒコ様が崩御した際。

父親が喪屋を建てて弔い。

アメワカヒコ様の友人。

アジスキタカヒコネ様が弔いに訪問しましたが。

両親や妻子はアジスキタカヒコネ様アメワカヒコ様にかなり似ていたので。

「生きていたのか」と叫んで縋り付いて喜ぶやら泣いたりして。

「穢らわしい死者と間違えるとは何事だ!(省略)」と喪屋を切り倒しています。

原文。

「仲のいい友達を弔うのが道理だからこそ遠方からわざわざ穢れのある死人のところへ来て悲しんでいるのに。」

「私を死人と間違えるとは何事だ。」

古事記では。

黄泉国へ赴いて逃げ帰った際に。

イザナギ神は「自分はいやな、見る目も厭わしい穢れた国に行ってしまった。」

「禊をして身を清めなくては。」

要するに死者は穢れたものです。

我が国では祖先崇拝が横行しておりますが。

本当は糞尿を浴びるような行為なんですね。

こんなふうに。

いろんな思想が消え。

正統な考え方が身につくのです。

あと。

先ほど殺人は合法だとか記しましたが。

正統な考え方をしていれば。

真相が理解できますよ。

日本書紀と古事記が健全で正常な考え方をもたらしてくれるのです。

日本書紀と古事記をよく読んで。

正統な考え方を身に着けてください。

これが真実なのですから。


日本書紀と古事記が。

わたしたちに刷り込まれた思想を。

浄化し。

教えられた愚かな人間のルールや。

考え方。

人間が勝手に定めた仕組みや。

卑しむべき情報などから。

解き放ってくれるのです。

つまりは。

考え方を訂正。

補正してくれ。

人間から教わったものはみな。

馬鹿な事ばかりで。

そう見なせば。

正しいことと正しくないこと。

いろいろ見えてくるのですよ。

人間が「こうである」と言った。

教えてきたことが。

人間が勝手に決めて定めた考えだったりもするのですから。

考えそのものを正常で健康なものにしてくれる。

現代の考え方は病んでいて。

人として正常にしてくれるのが。

日本書紀と古事記なのです。



伊邪那岐神・伊邪那美神が日本列島をお産みになられた際。

同時に人が成ったようです。

古事記ではいつの間にか「人」が大勢居るため。

いつの間にか成った存在。

それが人の起源。


国家権力の構築によって。

人の水準が向上し。

時の権力者が誕生。

人の世を人に任せられるようになりました。

神様が任命すればいいのでは?

と思うかもしれませんが。

そうした自由を人に与えたかったのかもしれません。

日本書紀・古事記の「神典」では。

神様は「現れた」とか「成った」と書かれていますよね。

言葉で説明できませんが。

直観でなんとなく理解できると思います。

世界のはじまりも。

ちょっと言葉じゃ伝わらないし。

説明できないので。

なんとなく把握できるような。

言い回しです。

伊邪那岐神と伊邪那美神が日本列島をお産みになられた際。

人が成った。

こうなると日本人の祖先は。

伊邪那岐神と伊邪那美神ということになり。

親心から人に葦原の中つ国の主権を譲ったという見解が成り立ちます。

あとは神様の御心を知るか。

触れ合うしか。

真意を知り得ないでしょう。

人がわかるのはこのくらい。


古事記は神託でしか内容を解読できない。

日本書紀は正統な歴史書ですので。

史実だと理解して読めば。

解読及び学び取れる内容があります。



「日本書紀」

神武天皇(じんむてんのう)


天孫降臨から百万年。

人に進歩はありませんでした。

人は何かあってやっと進歩します。

結局。

皇軍が平定するまで。

自治体が治めるやり方が百万年続いていたのです。

人はそんなものです。

地域によっては乱暴な政治もあったようで。

きちんとした由緒正しき正統な者が治めないと。

滅茶苦茶な治め方が普通にあったのです。

人は何かあってやっと進歩する。

何か無ければ百万年も同じ事を繰り返していたのですから。


「日本書紀」

景行天皇(けいこうてんのう)

オトヒメ「弟媛」という。

美人が居ると報告を受け。

オトヒメのもとへ赴きましたが。

オトヒメは竹林に隠れました。

鯉を池に放して遊んで誘い出し。

引き留めてお召しになりましたが。

「私は夫婦の交わりを望まない性格です」

「今は天皇の恐れ多い仰せでしばし寝殿に召されておりますが」

「心の中では喜ぶことができずにおります」

「また私は容姿にすぐれず」

「長く後宮にお仕えすることはできないでしょう」

と言い辞退。

容姿端麗で清らかな心を持つ。

姉のヤサカノイリビメ「八坂入媛」を紹介し。

天皇は召してお妃にしました。

オトヒメはその後登場しません。

返されたのでしょう。

中には結婚を望まず。

夫婦の交わりを嫌う女性も実在しますと。

日本書紀は伝えているのです。

歴史的にこれはあるものですので。

きちんとご了承ください。


日本書紀。

「垂仁天皇」(すいにんてんのう)


皇后・サホビメの同母の兄・サホビコは謀反を企てて。

皇后に迫った。

上手に言い包めて。

「私のために天皇を殺してくれ」

兄につけば国を傾け。

兄の謀反を告げれば兄は殺される。

どうしようもなく。

天皇に打ち明けました。

「それはあなたの罪ではない」

どうやら。

人に仕向けられたり。

成り行きで強要させられたら。

罪には問われないようです。

皇后は強要させられ。

上手に言い包められて。

そうせざるを得ない状態にさせられました。

結局。

サホビコは焼死。

皇后は兄を許してもらおうと一生懸命に立ち回りましたが。

失敗して死亡しています。


サホビコ。

この人。

二択に絞らせて。

どちらを選んでも引っかけるように。

奸智を持ってますよね。

サホビメは許されていますが。

サホビコはサホビメを利用しています。

なんてやつ。


日本書紀。

「垂仁天皇」(すいにんてんのう)

先帝:崇神天皇(すじんてんのう)は賢く物事に通じておられた。

聡明で慎み深く。

献身して政治を取りまとめ。

天の神:地の神を祭って。

己に打ち勝ち。

日々慎まれた。

それで民は富み満ち足りて。

天下泰平であった。

我が世においても。

天神地祇を祭ることを怠ってよいはずがあろうか。


天照大御神をトヨスキイリビメ(豊耜入姫命)から離して。

ヤマトヒメ(倭姫命)に託しました。

ヤマトヒメは天照大御神を鎮座させる所を探し求め。

菟田の篠幡に赴き。

引き返して近江国に入り。

東の美濃を廻って伊勢の国に至りました。


このとき。

天照大御神はヤマトヒメに。

「この神風の伊勢国は、常世の波がしきりに打ち寄せる国である」

「大和からはるかな美しい良い国である」

「この国に居たいと思う」と教わり。

社を伊勢国に建て。

伊勢の神宮となります。

こうして伊勢国にて。

天照大御神が天から降臨したのです。

(日本書紀:不所持者向け)


少し過激に書かせて頂きました。

要は。

神道の信者は。

数多の思想から解き放たれ。

人間たちの勝手なルールは否定され。

自然由来の考え方に向かっていくのです。

「自然の考えに修正される」ことになり。

この世の理(ことわり)に沿って生きるように。

考え方を修正されますので。

荒療治や。

優しい治療方法など。

これらを見定めて進んでくださいな。

人それぞれに合った方法が選ばれますので。

安心して。

真摯に向き合い。

乗り越えましょ♪


日本書紀。

「垂仁天皇」(すいにんてんのう)

皇子ホムツワケ(誉津別王)

大人になっても物が言えず。

日本最古の精神疾患(発達障害?)と示される。

33歳。

いまだに子供のように泣いている。

どういう訳か。

臣下に協議させます。

ある日。

白鳥が飛んできて。

ホムツワケは「あれは何か」と初めて言葉を話しました。

天皇は喜んで。

誰かあの鳥を捕って献上する者はいないか?

アメノユカワタナ(天湯河板挙)が名乗りを上げ。

出雲で捕らえます。

白鳥は献上され。

ホムツワケは白鳥に触れ遊び。

ついに物が言えるようになりました。

-考察-

子供が障害を持っていても。

ふとしたきっかけが奇跡に繋がり。

一気に復活するということでしょう。

人の親は好機が来ても必ず逃し。

「白鳥」が渡来しても見向きもせず。

復活のチャンスを何十回も逃しているのです。

「たったひとつの事柄」で障害者はまともに動作するようになる。

そう伝えています。

-皮肉-

人の親は子供に何か状態異常があっても。

何も有効な手をひとつも打てませんので。

白鳥に該当する存在が現れても。

簡単に見逃している。

現代ではこういう結論に至りました。

-復活-

啓示によると。

障害者や子供の状態が最悪な場合。

皇室系の神社に申し出て。

事の経緯を説明してから。

「ホムツワケ様と同じ白鳥を下さい」と申し出れば。

いいらしい。

神道ではこうした「特殊な祈り」が複数ありまして。

かなり不思議な効力を持ちます。

稀に提案されることがありますので。

導きに従ってください。


古事記。

素盞鳴命様が大荒れされた際。

悪しき神の声が夏の蠅のように満ちあふれ。

あらゆる災いが起きました。

天照大御神様が天の石屋戸(入り口の名称なので本当は洞窟)にお引き篭もりになられた際も。

万の神の声が夏蠅のように満ちあふれ。

万の災がことごとく起こるようになっています。(一時的)

神道の信者の場合。

その人に起きる災難などは万の神によるもので。

災いの裏には必ず万の神が糸を引いています。

悪しき神とのことですが。

何か意味があるそうで。

災い自体に何かしら意図があり。

「災い転じて福となす」が求められる羽目になる。

考え抜いて。

最後に残ったもの。

有り得ないように見えても。

それが真実。



豆知識。

生まれつきその人には固有の宗教が定まっており。

その宗教の法則が適用されている。

後から入信した場合も同様である。


豆知識。

天の石屋戸は入り口の名称ですが。

この洞窟は相当に居心地が良い洞窟であり。

高天原の憩いのスポット。


豆知識。

根之堅州国。

黄泉国をオブラートに包んだ呼び方であり。

異界では決してない。

理由は。

イザナミ神が黄泉国から世界移動したことになるから。


豆知識。

日本書紀には数多くの異伝が掲載されておりますが。

どれも正統なもので。

ククリヒメ様は現実に祀られており。

解説される著書は日本書紀の異伝の中にあります。


豆知識。

日本書紀と古事記のエピソードが違うのは。

アプローチの方向が違うからです。

フェイントが多用されているのが古事記で。

日本書紀は純粋に説明されています。

合わせて読まないとよくわからない。


豆知識。

古事記はその神様と深い繋がりがないと。

エピソードを解読できない。

ひとりですべて解読することはできない。


豆知識。

日本書紀と古事記は。

聖書と同じ降ろされ方をしています。

神々が人に思想を与えて。

忠実に筆者に託されており。

筆者は自覚のないまま。

書き終えていたようです。


大型の本屋を巡れば。

大量に関連本が販売されており。

その中で柔らかいもの。

柔軟で良質な良書を選んで。

読みましょ。

たまにろくでもない解説本がありますので。

わたしがお勧めするのは信頼できる書籍ですヨ♪



祝詞。

ポイント。

@慣れが必要・練習必須。

A読むスピードを敢えて遅くする。

B暗記せず・本を持って読んでもOK(神職の方はそうしております。)


「祝詞」は神を祝う言葉。

神棚で練習させて貰うのが良いですね。

心を込めて歌いましょう。

祝う言葉と書いて「祝詞」。



神社によっていろんな概念が語られている。

出雲大社では以下のとおり。

-

我々が生活し目に見える世界を顕世(うつしよ)と言い。

神魂と人の死後の霊魂の世界であり。

目に見えない世界を幽世(かくりよ)と言います。

この顕世と幽世との世界は。

相即不離の関係にあり「幽顕一如」として現世での諸現象は。

見えざる幽世の恩頼によれるものです。

その幽世を主宰されているのが出雲大社御祭神の大国主大神で。

人の死後の霊魂を統括しております。

また人は「霊止(ヒト)」として即物的ではなく霊的存在であり。

祖先からの霊質を継承し大国主大神のムスヒによりヒトとして生かされております。

そしてヒトの死後も霊魂は、幽世に帰り入り幽冥大神と称えられる親神大国主大神の恩頼(みたまのふゆ)をうけ子孫の守護神として追慕をうけて霊魂の安寧を得ております。

よってヒトは、大国主大神の御神徳の生死一つながらの「幽顕一如」の道を歩むところにその安心立命があります。

-

偶然発見したのですが。

私の知ることはそこまで多くはないんですね。

なるほど。

日本書紀の正統な訳本がほぼ無いので。

これ以上の解読はできませんでした。