日本帝国は太平洋戦争で敗北。

敗戦となり。

まずは負けを認めることから始めなければならない。

というのも。

未だ戦争について批判的な意見が多く。

太平洋戦争についての後始末が終了していないからであり。

善後処置として。

日本帝国は確かに連合軍に負けました。

敗北です。

終戦ではありません。

戦争は終わっていない。

後始末が成っていないからです。

終戦ではなく敗北です。

日本帝国は負けたのです。

敗北者の言い訳は未だに健在で。

あの負け惜しみの強さは尋常ではありません。

軍国主義。

軍事を主要政策とした結果。

戦争中毒に侵され。

国土が焼かれました。

みんな昭和の方々の原因で。

当時の人々が引き起こした大惨事。

責任は当時の人々にあります。



また戦争に反対する人々は。

国防の最前線を知らず。

正当防衛を任務としている自衛隊を非難しました。

彼らは武器さえ無くせば平和であると訴えますが。

そうなれば邪悪な者たちが武器を作って。

この世界を支配するのです。

彼らは悪を知らない。

そして敵の残酷さを知らないままの子供なのです。


異議あり!?

私の論理の間違いに気付いたのなら。

その人はとても賢い人だね。

Over the World Wall(39)に書いておいたよ。



https://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/seisaku/kihon03.html


戦争に反対してもいいのです。

ただし。

正当防衛まで奪ってしまったら。

他国とトラブルになった際に対処できないのです。

うっかり中国機を撃ち落としたら。

次からは相手は平気でロックオンしてきて。

ミサイルのスイッチを押すことでしょう。

敵国が自分たちの為だけに侵略することは。

むかしもいまも変わりません。

言い掛かりをつけて争いになることもあるからです。

正統派に反対する意見もあります。

彼らは我を張り対抗してくるのです。

戦争が発生するのは明日かもしれない。

平和な国と言いつつ。

空と領海ギリギリの攻防は絶えません。

平和と思いつつ。

国境では戦闘が繰り広げられている。

事実です。

事実は事実で通させてもらいます。

軍備は必要という訳で。

正当防衛用の武器が必要なのです。

それこそ「専守防衛」という平和主義の日本政府の指針で。

異端は反対者の方であると言えましょう。

平和とは「戦争に反対すること」ではありません。

「平和とはなんですか?」という「問い」を立てましょう。

それがすべて。



正当防衛の必要があります。

みんな仲良くはできません。

我が国では正当防衛の為に武装しておりますので。

自衛隊は正当防衛の為の軍隊で合っているでしょう。

みんな意見が違いますから。

時には衝突します。

利害や相容れない為に争いは発生します。

仲良くしようとしても。

大人の世界ではそれができません。

子供の世界でも争いはあります。

仕方がなく武装している有様でしょう。

意見や主張が全く異なる相手と。

仲良くしろと言われても。

意見は一致しません。

一致させようとすると妥協点がありませんので。

次第に軋轢が生まれます。

これは実際に経験するまで分からない筈です。

本当に意見の違いから争いに発展することも。

強要されて殺し合いまで。

実際にあるものですから。

正当防衛の為の軍備を邪魔しないでください。

性悪説から戦争や争いを見ればいいのです。

性善説での平和主義は極端ですから。

私は性悪説から戦争を見ていて。

正当防衛による武器の必要性を見出したのです。



「義人はいない。ひとりもいない。」

「悟りのある人はいない。」

「神を求める人はいない。」

「すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。」

「善を行なう人はいない。ひとりもいない。」

「彼らののどは、開いた墓であり、彼らはその舌で欺く。」

「彼らのくちびるの下には、まむしの毒があり、彼らの口は、のろいと苦さで満ちている。」

「彼らの足は血を流すのに速く、彼らの道には破壊と悲惨がある。」

「また、彼らは平和の道を知らない。」

「彼らの目には神に対する恐れがない。」 (ローマ人への手紙3:10〜18)


「また、彼らは平和の道を知らない。」


平和の道を見出す事が大切で。

新約聖書に基づいて再構成が必要です。



憲法第九条の法解釈を自分勝手に捻じ曲げて。

平和だ平和だ言っているに過ぎないのでは?

思うに。

憲法第九条の法解釈をそのままに解釈して。

滅茶苦茶な屁理屈を言っているのに過ぎないのでは。

法解釈が間違いです。

法律というのは法解釈が大事で。

いかに矛盾していても。

自衛戦争は可能です。

わざと矛盾させて戦争を否定しているので。

このような法律の法解釈を間違えてはいけないと思います。


戦争は義戦「聖戦」と言いまして。

正義のために起こしたいくさならば大賛成なのです。

愚かな戦争は批判されなければいけませんが。

正義のための戦争であれば。

称賛しようと思います。

義であるか?

義戦を支持しております。

聖戦とは神聖な戦争。

正義の為の戦争という意味で。

正義の為ならば戦争は良いのです。


かくてぞ国家の泰平(太平)、武運の長久にて候はんと存ずるは。「太平記・二」



みんな仲良く!というのはルサンチマンの奴隷道徳なのでは?

弱いばかりに臆病で。

戦争が怖いから仲良くしろとビクビクしている。

平和主義者の中にはルサンチマンが多い。

極一部だけが本物の平和を語る。

憲法9条も。

憲法学者の技法なのでは?

わざと矛盾させて戦争を否定する。

いくつかの国では常識化した法律の技法で。

平和憲法として有効であると言われている。

違憲という主張が通らないのは。

憲法をわざと矛盾させた玄人特有の法整備において認識が一致しているためで。

違憲ではなくわざと矛盾させていると見えます。

結果的にはルサンチマンが自分の弱さを良いものとして。

戦わないことで服従し。

自分の保身を図り。

主権を他国に譲り渡して。

奴隷として生きていこうとするルサンチマンの奴隷道徳が背景にあると見えます。

彼らは服従して身の保全をしたいので。

主権を売ろうとしているのです。

平和を目指すのなら。

彼らは不要な存在と言えましょう。

反駁もひとつの争いの形ですよ?

平和に対する考え方はかなり違っているようです。

ここは理法に従って。

公正な概念に委ねておきます。

日本は平和な国ですが。

不戦屈敵が上手なのでそう見えてるだけです。

用戦屈敵に成功していますが。

これは孫武という政治的戦略。

兵法書。


平和に関する英霊と謁見した事があります。

そういう社殿がたくさんあります。

どうしても既存の平和主義者を否定する結果になりますね。

本当の平和について再考する必要があると思います。

もちろん何が正しいか分からない世の中ですし。

あなたも見解を書いてみては?



天下太平。

世の中が穏やかなこと。

平和。

古語では。

世の中がよく治まっていること。

世の中が穏やかなこと。

平和論者はいかに世の中がよく治まっていても。

妄想を並べて。

世の中を乱すのです。

天下太平が良い。

最終的にこれしか残りません。

天下太平を祈るとしましょう。