Elizabeth Gilbert: Your elusive creative genius

エリザベス・ギルバート・創造性をはぐくむには。


古代ギリシャとローマにありました。

古代のギリシャとローマでは信じられていませんでした 。

人間に創造性が備わっているとは。

創造性は人に付き添う精霊で。

遠く未知のところから来たのです。

人間の理解を超えた動機から。

古代ギリシャ人は精霊を・ダイモン・と呼びました。

ソクラテスはダイモンがついていると信じていた 遠くから叡智を語ってきたと。

ローマ人も同様でしたが。

肉体のない創造の霊を・ジーニアス・ と呼びました。

彼らはジーニアス(天才)・を能力の秀でた個人とは考えなかった。

あの精霊のことだと考えていました。

アトリエの壁の中に生き。

ハリーポッターの妖精ドビーのように・・・。

創作活動をこっそり手伝い作品を形作るんです。

そういうものだと人々は信じていました。

古代のアーティストは守られていたのです。

どんなに立派な作品でも自分だけの功績ではない。

霊が助けたと知られていたからです。

失敗しても自分だけのせいじゃない。

・ジーニアス・がダメだったんです。

この考えは長らく西洋に浸透していましたが。

ルネッサンスが全てを変えました。

とてつもない考えが現れた。

世界の中心に間を置こうではないかと。

全ての神と神秘の上に。

神の言葉を伝える謎の生き物は消えた。

合理的人文主義の誕生です。

人々も信じ始めました 。

創造性は個人の内から現れるのだと。

史上初めて芸術家が・ジーニアス・と呼ばれるようになりました・ジーニアス・が側にいるのではない

これは大きな間違いですよ。

たった一人の人間を男でも女でも一人の人を。

神聖で創造的な謎の本質で源だと信じさせるなんて。

歪んだエゴでしょう。


要約。


創造性は自分が中心ではありません。

不可知の起源から全く不可知の理由で舞い降りた神聖なスピリットであり。

創造性は個人から来るものではなく。

不可知からもたらされます。

ルネサンスは創造性は個人から生まれるものと信じていましたが。

これは間違いです。

聖霊の働きによって作品が創られ。

神道では学問の神様の助けなしに。

小説や芸術作品を作るのは困難です。

というわけで。

小説や芸術作品を作りたいのなら。

神様を頼ってください。

女性は芸術的な面での才能が強いため。

わたしは言っておきます。



「生みの苦しみ」はただの思いこみ?
ベストセラー作家が語る、"才能"との向き合い方。

元はベストセラー作家である「エリザベス・ギルバート」さんの言葉。

とある場所に掲載されておりますが。

創作する人の真理となっています。

ただし。

不可知なものが文体を整え。

深い創造性をもたらしてくれる反面。

稀に失敗作が生まれ。

依存のし過ぎには用心されたし。

「弘法にも筆の誤り。」

自分の判断を半分。

不可知な判断を半分。

なんてするといいかもしれない。



学問の神様を頼れば。

創作で苦労しません。

よく頼んで。

応援して貰いましょう。

インターネットにもご利益があります。

参拝するだけで。

ライターズ・ブロックやハイパーグラフィアは解けます。

学問の神様は。

天神様「菅原道真公」

吉田松陰「松陰神社」

二柱の神様を知っています。

日本各地に祀られている神社はたくさんありますよ。

ちょっとした地域の神社にも祀られていることもありました。

調べれば出るかも?


不可知なスピリットはポイントがあって。

創作で有利になる反面。

神知にある程度気付いていないと。

上手に力を借りれません。

クリスチャンは得意ですが。

妄想の妨害が発生することもあり。

中々簡単なことではありませんが。

反面。

超常的な攻撃力を持ちます。

不可知なものは1割の失敗が常にあることに注意してください。


-意到りて筆随う-
いいたりてふでしたがう。

優れた詩や文章が思うままに。

すらすらと書けるようす。

文章を書くとき。

なかなか思うように筆が進まないものだが。

心にこう書きたいと思えば。

筆がそのように動いてくれるということ。


かなりレアなことわざなんですが。

使いこなせば。

いろいろなんとかなります。

これは技ですからね。



「書かずにはいられない」ハイパー・グラフィアは。

ブレーキとアクセルのコントロールが効かなくなっている一種の故障だそうです。

ライターズ・ブロックで苦しんでいるひとは。

一度ハイパーグラフィアになろうとするといいかも。

すぐになれるでしょうがコントロールが難しいし。

治療に長期間経過しますが。

使いこなす事は可能になるかと思います。

最終的な「調和状態」になればコントロールは容易ですよ。


ハイパーグラフィアに陥ったらライターズ・ブロックを求めればいい?

ライターズ・ブロックとハイパーグラフィアの中間の状態に入れば。

コントロール可能になるようです。

必要に応じて書く事しかできなくなる筈です。


個人的な体験談としては。

ライターズ・ブロックは書く能力を失った状態。

ハイパーグラフィアは自分で書く能力のコントロールが出来ない不安定な状態。



ニーチェ。

早過ぎる成功は危険だ。

あまりにも歳早いときに成功や功績を上げてもてはやされたりすると。

その人は傲慢さや感覚の狂いから。

地道に努力している人などに対する畏敬の念を忘却し。

成熟することの意味が分からなくなり。

成熟によって保たれるはずの文化的環境から自然に離れ。

他の人は時と共に成熟して仕事に深みを増していくのに。

それはなしがたく。

いつまでも子供っぽく。

かつての成功や功績を看板として頼るだけのつまらない人間になる。

人より早く成功する奴は、ダメになるのも早い。

「漂泊者とその影」ニーチェの言葉(改)



学問の神様に。

「ポイエーシス」についてお伝えしますと。

直接霊力をお借りするのではなく。

ポイエーシスを伝授され。

それによって描く事ができますね。

いつの間にか「ポイエーシス」に切り替わっているのです。

創作の魂。

描くときには創作の状態になるものです。

ポイエーシスは創作科学と言ってもよく。

理論で説明することはできませんが。

(理論で説明すると神秘的な創造性を神様の元から引き降ろすしかない)

なんとなく直観で扱いきれるもので。

人によって能力の違いはありますが。

アリストテレスは神様中心の文化を察していて。

人間中心の文化であるルネサンスの考えとは違い。

創造性は神様を中心に描くもので。

創造性は自分に依存しないのです。

理論で説明できる範囲を逸脱しているのですが。

ポイエーシスはそれを取りまとめた。

キーワードという訳です。

元祖創作論こそアリストテレスなのです。


アリストテレスの著書の英訳原文を解読すると。

創作論は次のようである。

-

芸術は必然的である。

または必然的に生まれる事柄にも。

自然に従ってそうなる。

必然的な(物)に起源があるからです。

創造性(作品の発想)が起源を持っている。

作品には自身に起源を持っているが。

そうなると技術の話ではない。

作ることと演技(技術)が異なるため。

芸術は演技(技術)の問題ではなく。

作ることの問題でなければなりません。

-


また「芸術は機会を好み、機会は芸術を好む。」と述べている。(出現する機会を伺っている。)

芸術作品は必然的にそうなるか。

または自然に従って発生するものであると解説されている。(もっと詳しい人は自分のスペースに書いて!!)

技術よりも書き記す行為こそがいちばん大変に違いない。

必然的に物語や創作が発生するのだから。

または自然に従ってそうなるのだから。

書き記す行為が大変なので。

既に発生したアイデアをまとめて制作(書き記す)のがいちばん大変なのだろう。

ということです。

(もっと詳しい人は自分のスペースに書いて!!)



創造性を神様の元から敢えて引き降ろして理論で説明すると以下の通り。

理論的に考察する(テオーレイン)を基礎とすると。

事前にアイデアを持っていて「徳」によってそれらが発動する。

ポイエーシス(テクネー)は「徳」であるので。

徳によって発動するのは当たり前である。

「こんなものがあればいいな」とか「これを作れば利益になる」とか「こんなものが欲しい」という動機があって。

必然的に必要性が生まれる。

そうすると想像の力が働き。

想像しているうちにすべてのアイデアがひとつになり。

作品として書き記す行為(プラークシス)へと移行する。

「ポイエーシス」や「設計思想」である「ロゴス」(真なる理論)

技術「テクネー」を生まれつき持っている。

完成品を所持しているために。

自由に行使できる場合もある。

つまり創造性とは「技」であり「技巧」である。

それに神秘性が付加されたものが。

エリザベス・ギルバートさんのレポートという意味です。

その人が「徳」「技」を持っている為。

新しいものを創造できる。

創造性そのものが「技」ですので。

理論で説明すると「そういう技を持っているのでそれができる」という意味となった。


技巧とは?

@技術の巧みなこと。巧み。

A芸術・創作上の手腕・手段・テクニック。

技巧と徳(ポイエーシス)による融合が創造性という結論に至る。

神様の元に創造性を返還すると。

人間の知恵が及ばない。

人間の理解や認識を超えた場所に創造性の源があるため。

理論で説明するのはかなり難易度が高いものの。

「ポイエーシス」というキーワードを持って正しく理解できれば。

扱えるものであると示された。



テオーレイン。


想像。

@心の中で思い描くこと。

A(心)すでに知っていることをもとにして、新しい観念をつくること。

B空想。

理論的に考察する(テオーレイン)を基礎とすると。

「心の中で思い描いた物を作品にする」という意味になる。

(魂)「心」の中で思い描いたものを作品として現す行為が創造性という意味になる。


(創造性を)理論的に考察する(テオーレイン)を基礎として書き記すと以下になる。

心で思い描いたものを作品として出す。

それぞれに起源があり。

人それぞれ。

作品自体にも起源がある。

創造は技能であり。

その人特有の才能によるもの。

ポイエーシスはそれらを統括するメイン・システムで。

ポイエーシスを基準として作品を制作することで機能する。

ポイエーシスは「徳」なので。(そもそも技術の行使には徳が必要)

これを基準にするのであれば。

美徳に繋がり。

本来の芸術通りに描ける。

「聖霊ジーニアス」は作品の制作を手伝ってくれるが。

最終的には「徳性」を与える先導者。

導き手と言うことができ。

最後に「徳性ポイエーシス」に辿り着く「徳」をその人のものにする。

習得させるために神々から派遣されていると考えられた。

ソクラテスの説く「徳」は「正しい道理」と訳されているが。

「正しい道理」と「徳性」は似ていて。

「徳性」とは「道徳をわきまえた本性・品性」「徳性を養う」となる。

習得した人は「自らの徳」によって制作することができる。

それは人が持つ不思議な能力であり。

神秘性を起源としている。

神々から与えられた能力・技能とも言える。

そのために運用にはそうした前提が必要で。

悪徳から身を守り。

美徳の為に。

自らの徳によって制作をするものである。

テオーレインを基礎として展開されました。



わたしのサイン。

誰にも真似できない。

書かれている文字の意味は教えない。

スペル間違えたっぽい。


ホームページでも「ジーニアス」によって書くこともできます。

このページはそうです。

必要な事だけ書く積もりです。


ルネサンス。

十四世紀から十五世紀にかけてイタリアを中心におこった新しい文化のことで。

それまでの神を中心とする文化に対し。

人間を中心とした自由な文化のことです。

神秘的な創造性を人間独自で編み出そうとするのは。

無理な話でしたね。


まとめ。